※当記事は2026年10月の内容です
AIで書類の下書きを作る士業事務所は、もう珍しくなくなりました。次に差がつくのは、AIを“使う”事務所と、AIに“任せる”事務所の違いです。
以前この連載で、面談の録音を文字起こしして、そこに専門家の意図を添えれば、遺言や遺産分割協議書や信託契約書のたたき台が数分で出てくる、という話を書きました。あれから僕の事務所では、さらに一歩先へ進みました。いまは、僕が何も指示していないのに、AIが朝と夕方に事務所の状況を報告し、職員への申し送りを書き、新規の問い合わせを振り分け、会議の議事録を用意しています。
「そんなことができるのは、斎藤さんの事務所が特別だからでしょう」
セミナーでこの話をすると、必ずそう言われます。でも、やっていることの中身は、驚くほど地味です。事務所の判断基準を言葉にして、AIが読める場所に置いた。それだけなんです。
今回は、その“それだけ”の中身と、実際にやってみてつまずいたところを、包み隠さず書いていきます。
今回の記事のポイントは下記のとおりです。
1.AIを“使う”事務所と“任せる”事務所の違い
プロンプトを書いているうちは、AIは道具のまま
多くの先生は、AIを使うときに毎回プロンプトを書いています。「相続の相談メールが来たので返信の下書きを作って」「この面談メモをきれいにまとめて」といった具合です。もちろん、それでも仕事は速くなります。僕自身、前回の記事ではその使い方をおすすめしました。
でも、この使い方をしている限り、AIはずっと“その先生専用の道具”のままなんです。
なぜかというと、うまくいったプロンプトが、先生の頭の中とチャットの履歴の中にしかないからです。職員に渡せない。先生が休めば止まる。使っているAIの仕様が変われば、積み上げたものが一緒に消えてしまう。実際、ここ1年だけでも、AIの各社は機能の名前や料金プランや対象アカウントを何度も変えています。僕たちが業務で使っているAIの機能は、全部“借り物”だということです。
では、“任せる”とはどういう状態か
では、任せるというのは、どういう状態のことでしょうか?
僕の定義はシンプルで、「人が指示を出さなくても、決まった時間に、決まった基準で、AIが仕事を済ませている状態」です。
そのために必要なのは、高度なプログラミングではありません。事務所の判断基準を、AIの“外側”に文章として置いておくこと。そして、AIには毎回「まずこの資料を読んでから動いてください」という順番で仕事をさせること。この2つだけです。
たったこれだけの違いなんですが、意味はまるで変わります。だって、事務所の財産がAIの機能の中ではなく、自分たちのドライブの中に残るからです。AIを乗り換えることになっても、参照する資料のリンクを貼り直すだけで済みます。極端な話、AIを全部やめて紙に印刷したって、その資料は職員のマニュアルとして機能するんです。
2.僕の事務所でAIが“勝手に”やっている仕事
具体的にどんな仕事を任せているのか、いまの事務所の一日を書いてみます。使っているのはAnthropic社のClaudeというAIですが、考え方はどのAIでも同じです。
これを人がやろうとすると、毎朝30分は消えます。しかも、集める人によって見る場所が違うので、抜けが出る。AIは同じ場所を同じ順番で毎日見るので、抜けません。
これをやってみて、思わぬ発見がありました。ある職員に11件の項目が集中していて、別の2人はゼロだったんです。以前は情報の種類ごとに並べていたので、この偏りにまったく気づけていませんでした。人ごとに並べ直した瞬間、負荷の偏りが一目で見えるようになった。これは僕にとって、事務所の運営そのものを見直すきっかけになりました。
3.分かれ目は「プロンプト」ではなく「判断基準の1枚」
5つの列しかないシート
ここまで読んで、「結局、何を用意すればいいのか?」と思われたはずです。
答えは、事務所の判断基準を書いた1枚のシートです。新規問い合わせの振り分けを例に、実物に近い形でお見せします。列は5つしかありません。
空欄の行を作らないのが、いちばん大事なルールです。
つなぐ先の半分は“社内”です
このシートを作るとき、多くの先生が外部の紹介先ばかり書いてしまいます。でも、実際に来る問い合わせの大半は、自分の事務所で受けられる案件です。だから、社内の振り分けこそ丁寧に書いてください。
うちの場合、不動産の決済は日程がすべてなので登記のチームへ直行、家族信託は組成の設計が入るので信託の担当者へ、遺言と相続手続は件数がいちばん多いので面談の希望日時まで受付で聞き取ってしまう、と決めています。そして、担当が決まっていない一般の問い合わせは、その日の“当番”が窓口になる。“宙に浮く行”を作らないことが大事です。
最初の1枚は、直近1か月の問い合わせ20件から作る
いきなり完璧なシートを作ろうとすると、必ず挫折します。だから、直近1か月の問い合わせを20件、時系列で並べるところから始めてください。
次に、その20件それぞれに、誰が対応したか、そしてなぜそう判断したかを1行ずつ書いていきます。やってみると分かるんですが、ここがいちばんしんどくて、いちばん価値のある作業です。「なんとなく」「いつもそうしているから」としか書けない行が必ず出てきます。それが、事務所の中で言語化されていない判断です。
そこを埋めていくと、20件のうち15件くらいは数パターンに収まることに気づくはずです。まずはそのパターンだけシートにすればいい。残りは、出てきたときに追記していけばいいんです。
4.やってみてつまずいたところ
うまくいった話ばかり書いても信用されないと思うので、実際に困ったことも書いておきます。どちらも「人が見ていない前提で仕組みを組む」ことの難しさです。
同じ仕事が2台のパソコンで二重に動いた
僕は事務所用と持ち歩き用で2台のパソコンを使っていて、どちらからもAIに仕事を頼めるようにしています。ところが、定時に動く仕事はパソコンごとに登録されるので、同じリマインダーを両方に作ってしまうと、2回鳴るんです。実際に、同じ通知が2通届いて気づきました。
対策は拍子抜けするほど原始的で、「どちらのパソコンにどの仕事を登録したか」を1枚の台帳に書き、新しく登録する前と後に必ずその台帳を読む、というルールをAI自身に守らせました。仕組みが増えるほど、こういう“仕組みの台帳”が要るようになります。
無人で動かしたら、2時間止まっていた
もう一つは、夕方の報告が1日だけ届かなかった件です。原因を調べると、AIが情報を取りに行く途中でブラウザを開こうとして、人の操作待ちのまま2時間止まっていました。人が画面の前にいれば1秒で済むことが、無人だと永遠に終わらない。
ここから学んだのは、「人が見ながら動かす仕事」と「無人で動かす仕事」は、同じ手順でも設計を分けなければいけない、ということです。無人で動かすものは、画面を開く操作を一切含めない。この線引きをしてから、止まらなくなりました。
5.個人情報はAIに渡さない設計にする
士業がAIに仕事を任せるうえで、いちばん気になるのはここだと思います。僕もそうでした。だから、最初から“渡さない”設計にしています。
シートには氏名も案件の中身も書かない
さきほどの振り分けシートには、依頼者の氏名も、住所も、案件の具体的な内容も、一切書いてありません。書いてあるのは「この種類の相談は、こういう状態なら、誰へ」という“型”だけです。型には個人情報が要らないんです。
職員がAIに貼り付けるのも、聞き取った内容の要約です。「70代の女性、ご主人が先月亡くなった、自宅の名義変更と預金の解約、お子さんは2人で仲は良い」。これで振り分けには十分で、氏名は要りません。
AI に学習させない設定と、事務所としてのルール
そのうえで、使っているAIは、入力した内容を学習に使わない設定にしています。そして「AIが出すのは候補であって、最終的な対応は必ず担当者が判断する」と、シートの冒頭に書いてあります。書いてあるかどうかで、職員の使い方が本当に変わります。
情報を渡さない設計にしておくと、職員に「これは貼っていいのか」と迷わせずに済みます。守りを固めるほど、現場は使いやすくなる。これは、やってみて初めて実感したことでした。
6.「断るための道具」にしてはいけない
ここからが、この記事でいちばん書きたかったところです。
こういう仕組みの話をすると、必ず「面倒な案件を効率よく断るための道具ですね」と受け取る方がいます。でも、それは絶対に違います。
司法書士は、正当な事由がなければ依頼を拒めない
司法書士法21条には、司法書士は正当な事由がある場合でなければ依頼を拒むことができない、と書かれています。正当な事由がないのに依頼を断れば、それ自体が法律違反で、懲戒の対象にもなります。
効率化のために作ったシートが懲戒の火種になったら、本末転倒でしょう。
書くのは「受ける・受けない」ではなく「どこにつなぐか」
だから、シートに書くべきなのは「受ける・受けない」の判定ではありません。「この相談は、誰が対応するのがいちばん早く解決するか」です。
実際、うちのシートを改めて見返してみると、純粋に断っている行はほとんどありませんでした。すでに相続人の間で争いになっている案件なら、僕たちが扱えば非弁行為になるので、弁護士会をご案内する。成年後見でご本人が遠方にお住まいなら、現地の情報が要るので、住所地のリーガルサポートや家庭裁判所をご案内する。理由と、つなぐ先。この2つが必ずセットになっている。これが正当な事由の中身であり、同時に相談者にとっても最短ルートなんです。
そう考えると、基準を紙に落としていない事務所のほうが、実は危ないんじゃないか。だって、その日の担当者の忙しさで受けたり受けなかったりしているわけですから。なぜその判断をしたのかを、後から説明できません。基準を書き出すのは、断るためではなく、判断を説明できるようにするためです。
7.副産物。基準が言葉になると、人が育つ
最後に、これは僕がやってみて初めて気づいたことなんですが、このシートを作る本当の価値は、AI活用ではないかもしれません。
新しく入った職員が、初日から電話を取れる
士業事務所に入ったばかりの職員にとって、いちばん怖いのは電話です。「相続の相談なんですが」と言われても、何を聞けばいいのか、誰に回せばいいのか、まったく分からない。だから先輩の手が空くまで保留にしてしまうか、聞き取りが足りないまま取り次いで、担当者がもう一度かけ直すことになる。
でも、この形にしておけば、「一度確認いたしますので、少しお時間をいただけますか」と言って保留にし、聞き取った内容を貼り付ければ、数秒で「誰に回すか」「その場でどこまで答えていいか」が返ってきます。入って間もない職員が、その日から“窓口”として機能するということです。
所長の頭の中にしかなかった判断が、渡せるようになる
士業事務所って、判断のほとんどが所長の頭の中にあります。だから職員は、少しでも迷うと所長に聞きに来る。所長は毎日それに答えているうちに一日が終わる。これ、多くの事務所で起きていることだと思います。
シートを作るというのは、その頭の中を外に出す作業です。一度出してしまえば、職員は自分で調べて、自分で判断できるようになります。AIはその手伝いをしているだけで、本体は“基準が言葉になったこと”のほうなんです。
8.まとめ
AI活用というと、どうしても「どのツールを使うか」「どんなプロンプトを書くか」の話になりがちです。でも、本当に効いてくるのは、そこではないと僕は思っています。
事務所の判断基準を言葉にして、自分たちのドライブに置く。AIにはそれを読ませてから動かす。個人情報は渡さない。最後は人が決める。この形にしておけば、AIの会社が機能を変えても、料金を変えても、痛くも痒くもありません。事務所の財産は、借り物の上ではなく、自分たちの手元に残るからです。
そして、その財産を作る作業は、明日からでも始められます。直近の問い合わせを20件並べて、「なぜそう判断したか」を1行ずつ書く。それだけです。
僕の事務所で実際に動いている仕組みの作り方は、士業・専門家向けのセミナーで、画面をお見せしながらお話ししています。文章では伝えきれない部分も多いので、興味のある先生はぜひ覗いてみてください。